現在、テレビドラマ、映画などで活躍されている加瀬亮さん。
加瀬亮さんと言えば、『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』、を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?
戸田恵梨香さんとダブル主演され、加瀬亮さんが世に広く知られるきっかけとなる作品となりました。
そんな加瀬亮さんは、2012年の映画『アウトレイジ ビヨンド』に出演され、その演技力が高く評価されたそうですが、さらに、英語の長ゼリフも、ネイティブ並だと評判だったそうです。
実は、加瀬亮さんは、英語の発音が完璧なのだそうです。
本当なのでしょうか?
また、そうだとしたら、なぜ英語はネイティブ並の発音なのでしょうか?
その生い立ちに関係があるそうです。
また、その生い立ちのために、いじめにもあってしまったのだそうです。
どうしてでしょうか?
そのようなことを、デビューのきっかけや家族構成などを含め、さっそく調べてみました。
プロフィール
名前 加瀬亮
生年月日 1974年11月9日
出身 神奈川県横浜市
身長 174cm
血液型 B型
出身校 中央大学商学部中退
所属 アノレ
2000年 『五条霊戦記』にて映画初出演。
2002年 テレビドラマ『抱きしめたい』に出演。
2003年 『アンテナ』にて映画初主演。
2005年 映画『about love アバウト・ラブ/関於愛』にて初日本国外監督作品出演。
2006年 映画『パッセンジャー』に出演。映画『硫黄島からの手紙』に出演。映画『ハチミツとクローバー』に出演。
2007年 映画『それでもボクはやってない』にて主演。第30回日本アカデミー賞優秀主演男優賞受賞。第50回ブルーリボン賞主演男優賞受賞。第17回日本映画プロフェッショナル大賞主演男優賞受賞。
2008年 映画『山のあなた徳市の恋』に出演。
2009年 『ありふれた奇跡』にて連続ドラマ初出演、仲間由紀恵とともに初主演。
2010年 テレビドラマ『SPEC警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿』にて主演。
2011年 映画『永遠の僕たち』(原題:Restless)に出演。全編英語による映画初出演。
2012年 映画『劇場版 SPEC天』にて主演。大ヒット。広く知られるように。映画『ライク・サムワン・イン・ラブ』出品、第65回カンヌ国際映画祭初出席。映画『アウトレイジ ビヨンド』に出演。第67回毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。
2013年 映画『劇場版 SPEC結』前篇『漸ノ篇』、後篇『爻ノ篇』にて主演。
2014年 韓国映画『自由が丘で』にて主演。韓国映画誌cine21で『2014年韓国映画第1位』。『今年の俳優』に選出。
デビューのきっかけは?父親がすごい?芝居を始めたきっかけはあの人?
加瀬亮さんの家族構成は、ご両親と、3歳年下の弟さんがいらっしゃって、4人家族だそうです。
2人兄弟のご長男だったのですね~。
その加瀬亮さんのお父様のお名前は、加瀬豊さん、なのだそうです。
そのお父様のご職業は、実は、総合商社『双日』の元社長・現会長、だそうです。
加瀬亮さんは、有名商社の会長さんのご子息だったのですね~。
そのお父様のお仕事の関係で、加瀬亮さんは、生後まもなく渡米され、7歳まで、アメリカ合衆国のワシントン州ベルビュー(Bellevue)市で過ごされたのだそうです。
加瀬亮さんは、その当時住まわれていた家は、大人になられてお金がたまられたとき、買い戻されようと考えられていたそうです。
けれども、その後、加瀬亮さんが大人になられてお金がたまられた時には、すでに他の人の所有になっていたのだそうで、断念されたのだそうです。
なんだか、すごい話でしょうか?
加瀬亮さんは、小学校の時に、そのアメリカから日本に帰国されたそうですが、日本語がまだうまく話せなかったそうで、さらに、引き続き、お父様のお仕事の関係で、次々と転校を余儀なくされたそうで、そのため、なかなかお友達が出来なかったそうです。
そのため、名字の『加瀬』から、『火星人』と言われ、からかわれたりされたのだそうです。
うーん、子供は残酷でしょうか?
しかし、加瀬亮さんは、教室でそのように独りぼっちになられていても、「今はしょうがないか」、と考えられていたそうです。
強いですね~。
中学校時代の加瀬亮さんの部活は、剣道部、だったのだそうで、主将もされたのだそうです。
この頃から、イメージどおりの体育会だったようですね~。
そして、出身高校は、神奈川県立松陽高等学校、だそうです。
それから、大学は、中央大学商学部、にご入学されたのだそうです。
大学時代は、体育会のボードセイリング(ウィンドサーフィン)部、に入られたそうです。
そうして加瀬亮さんは、中央大学に通われ、卒業直前になられていたのだそうですが、突然、中途退学されたのだそうです。
それも、すでに出版社に内定が決まられていて、単位もあと一つ残すのみ、というところまできていたそうです。
えっ!? もったいないです。
どうされたのでしょうか?
その理由としては、当時の先輩が出られていた舞台に誘われて観に行かれた事がきっかけだったのだそうです。
それが、加瀬亮さんにとっての生まれて初めての芝居鑑賞だったそうです。それで、お芝居の道に進まれることを決められたのだそうです。
もう、運命でしょうか?
もちろん、加瀬亮さんは、そのようにすでに就職先も決まり、大学もご卒業寸前という状況だったため、お父様は大反対され、けんかになられて、家を出られてしまったそうです。
それからしばらくは、加瀬亮さんは、そのお父様とは疎遠になられ、お母様と、電話で話をされるだけだったのだそうです。
普通はそうなりますよね~。
そのような総合商社の元社長、会長をされているお父様ですから、「急に初めて観た芝居に感動した」、と言われても、という感じになりますよね~。
ただ、お父様は、昔から加瀬亮さんには、「好きなことをして生きろ」、という趣旨のことをおっしゃられていたそうです。
そういったこともあって、加瀬亮さんのお父様は、ご子息である加瀬亮さんがご活躍されてから、その言葉の本当の意味や大切さを逆に、そのご子息から教わったといった趣旨のことを、インタビューでおっしゃられたのだそうです。
うーん、親子って不思議でしょうか?
そもそも、加瀬亮さんは、1997年から、演技を学び始められたそうで、当時は舞台に出演されていたそうです。
それから、映画『PiCNiC』、『FRIED DRAGON FISH』を見られたことで、俳優の浅野忠信さん、に憧れを持たれ、現事務所にお手紙を送られ、大学中退後、1998年に、現事務所に所属されたのだそうです。
最初は、加瀬亮さんは、その浅野忠信さんの付き人を1年間されたそうです。
付き人だったのですね~。
俳優さんにも付き人制度があったのですね~。
そのようにして、映画『バトル・ロワイアル』等の現場に、俳優ではなく、製作スタッフとしてご参加されていたのだそうです。
これも、意外でした。
1998年には、 映画『白痴』、『孔雀』などの現場にご参加されたそうで、『地雷を踏んだらサヨウナラ』ではアシスタントを担当されたそうです。
そして、ようやく2000年の、映画『五条霊戦記』に出演されたのが俳優デビューのきっかけだったのだそうです。
しかしながら、俳優生活は、順調ではまったくなく、8ヶ月間ずっと受けられるオーディションすべてに、書類選考の時点で落ちられる、という生活をご経験されたそうです。
にわかに信じられないです。
そういったことがあった後、苦労の末、数々の国内外の映画などに出演、主演され、現在の地位に至ったのだそうです。
英語の発音は?『アウトレイジ』での英語の長ゼリフ?
加瀬亮さんは、英語の発音が完璧だそうです。
本当なのでしょうか?
加瀬亮さんは、2012年に、北野武監督の映画『アウトレイジ ビヨンド』に出演されたのだそうですが、難易度の高い英語の長ゼリフを見事にこなされたのだそうです。
そもそも、その役にはオーディションがあったそうで、加瀬亮さん以外にも、英語に自信のある俳優さんたちが受けられていたそうです。
それは、4歳~12歳までをアメリカのロサンゼルスで過ごされ、英語がペラペラの押尾学さん、やカリフォルニア州立大学フレズノ校に通われていたオダギリジョーさん、などもそのオーディションには参加されていたのだそうで、その強力なライバルたちの中から、加瀬亮さんが見事に、選ばれたのだそうです。
その北野武監督の事務所のスタッフの方々は、英語が堪能な方だらけだったそうで、同時通訳もこなせる方もいらっしゃったそうですが、そのスタッフの方たちも、加瀬亮さんの英語の発音には舌を巻かれ、完璧だ、とおっしゃったそうです。
もう、すごいの一言ですね~。
ちなみに、加瀬亮さんは韓国映画にも出演されていて、韓国語もペラペラで、完璧なのだそうです。
→オダギリジョーの子供(息子)の名前は?病院はどこ?年齢は?
そんな加瀬亮さんの今後の益々のご活躍に期待ですね~。