天海祐希は宝塚に出ない!?エピソードや相手役は?友達やファンの評価は?

amamiyuk3現在、テレビドラマ、映画、CMなどに幅広く出演され、数々のドラマで主役となられるだけでなく、高視聴率をキープされるなど、ご活躍されている天海祐希さん。

そんな天海祐希さんは、元宝塚歌劇団の月組の男役トップスター、でもあり、数々の伝説を残されました。

しかし、天海祐希さんは、退団後は、宝塚関係のお仕事には出ないそうです。

どうしてなのでしょうか?

さらに、その宝塚時代は、ファンに人気がなかったのだそうです。

本当なのでしょうか?

そのエピソードがあるそうです。

また、天海祐希さんの相手役はどなただったのでしょう?

それから、天海祐希さんのお友達は誰でしょうか?

そのようなことを、宝塚デビューのきっかけなどを含め、さっそく調べてみました。

 

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プロフィール

名前 天海祐希
生年月日 1967年8月8日
出身 東京都台東区東上野
身長 171cm
血液型 O型
出身校 菊華高等学校(現在は、杉並学院高等学校)中途退学
所属 研音

 

宝塚の伝説の人!?

天海祐希さんは、高校生2年生修了時の、1985年に、宝塚音楽学校、にご入学されたそうです。

そのご入学時の成績は、首席だったのだそうです。

そのため、宝塚関係者の方から、天海祐希さんのお母様には、「よく産んでくださいました」といった趣旨の褒め言葉があったそうです。

伝説の始まり、と言っても良いのではないでしょうか?

ただ、宝塚歌劇団入団の時は、成績は26番、だったそうです。

天海祐希さんの宝塚歌劇団入団は、1987年、のことだったのだそうで、73期生、になるのだそうです。

しかし、天海祐希さんは、新人のその無名時代から、すでに人気があったそうで、地下鉄のドアに宣伝ステッカーが貼られ、チケットは常時、入手困難だったそうです。

そのようなことがあって、天海祐希さんは、ご入団の1年目で、主役になられてしまったのだそうです。

それは、異例中の異例のことだそうで、宝塚での通常は、7年目までに新人公演で良い役をされながら、主演を1度はされ、その後も、その組の3番手、2番手と、徐々に昇格していく、というのがパターンだそうです。

さらには、娘役でしたら突然、主役になることはあるのだそうですが、天海祐希さんは、男役でしたので、男役では、どんなことがあっても、そのようなことはなかったのだそうです。

なんだか、すごいですね~。

確かに、伝説、と言っても良いのではないでしょうか?

そのため、天海祐希さんがトップスターをされていたときは、2番手が、久世星佳さん、3番手が、真琴つばささん、だったそうで、そのどちらの方も、天海祐希さんの上級生だったそうです。

実は、下級生の天海祐希さんが、トップをされていたのですね~。

天海祐希さんは、色々と、宝塚の常識を変えられてしまったみたいです。

ただ、それで終わりではなく、それには、まだ続きあるのだそうです。

天海祐希さんは、トップスターになって、たったの2年で、退団されてしまったそうです。

は、早いのではないでしょうか?

しかも、天海祐希さんは、さよなら公演の最後のシーンで、羽根を背負わずに、階段を降りてこられたのだそうです。

ん? 羽根?

というのも、そもそも、宝塚では、その羽根にすごく意味があるそうで、背負うのは当たり前で、その大きさでランクを示すそうです。

それを、天海祐希さんは、大きさ云々ではなく、背負わなかったのだそうですから、すごいことなのだそうです。

 

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どうやら、そもそも、天海祐希さんは、その羽根がお嫌いだったそうで、普段の公演でも、小さいものしか背負わなかったそうです。

そうしたことが宝塚で通ってしまうのも、天海祐希さんだからこそでしょうか?

しかも、フィナーレでは、ファンの方々に向かって手を振られるよりも、仲間達を見られて手を振られる方が、多かったのだそうです。

それも、珍しい事で、天海祐希さんの特徴だったそうです。

そうだったのですね~。

 

どうして宝塚やファンの慣習に逆らったの?

そんな天海祐希さんは、ファンからの高額なプレゼントなどは、最後まで、受け取られることはなかったそうです。

ちなみに、宝塚では、通常は、ファンにも、上下関係があるのだそうです。

そうであっても、天海祐希さんは、ファンの方々に対して、みんなに平等に接する、という姿勢を取られていたそうです。

そのような天海祐希さんのその独自ルールは、やはり、よく思われないこともあったのだそうで、

他の生徒のファンからは、「どうして天海祐希さんだけ、独自ルールがあるの?」、という批判はやはり避けられなかったのだそうです。

『入り待ち、出待ち』にも天海祐希さん独自ルールがあったそうで、そういった宝塚の伝統や慣習を重んじられているファンの方からは、良く思われていなかったそうです。

そのため、天海祐希さんが、たった2年で、退団されたのは、「当然だった」、とも言われているのだそうです。

 

相手役は誰なの?宝塚時代は人気がなかった!?

そんな天海祐希さんの同期には、雪組のえまおゆうさん、や、花組の匠ひびきさん、そして宙組の姿月あさとさん、花組の白帆まりさん、雪組の浜風愛さん、などがいらっしゃったそうです。

また相手役としては、やはり、麻乃佳世さん、が有名なのだそうです。

天海祐希さんは、その麻乃佳世さんとは背格好もちょうどで、絵になるお2人だったそうです。

その他の相手役は、森奈はるみさん、や、白城あやかさん、がいらっしゃったのだそうです。

そのような天海祐希さんですが、宝塚ファンには、人気がなかったそうです。

本当なのでしょうか?

どうやら、それは、ある理由から生じてしまわれたことなのだそうです。

すでに見てきましたように、一般的には、「こんなに絶大な人気と宝塚以外でも支持をされる宝塚のトップスターはいない」、と言われていらっしゃいますし、宝塚の演出家をされた植田さんには、「全てを備えた大スター」、といった趣旨のことをおっしゃられているそうです。

それなのに、どうしてでしょうか?

どうやら、天海祐希さんのファンの方は、天海祐希さんの退団と同時に、宝塚のファンもやめられてしまった方が多かったのだそうです。

そのため、退団後に宝塚ファンになられた方からは、人気がないように思われてしまったようです。

なるほど~。

そうだったのですね。

天海祐希さんは、それほど、当時のファンの方々から、愛されていた、ということなのでしょうね~。

 

だけど、宝塚関連の仕事にはやっぱり出ないの!?

そんな天海祐希さんは、2013年5月6日に、心筋梗塞と診断されて、ご入院されたそうです。

ただ、無事ご退院され、初めて公の場に姿を見せられたのが、2013年7月13日の、宝塚音楽学校創立100周年記念式典、だったのだそうです。

その時の天海祐希さんは、17年ぶりに、その宝塚大劇場を訪れたそうです。

その式典では、檀れいさん、が司会を務められ、八千草薫さん、加茂さくらさん、麻実れいさん、紫苑ゆうさん、真琴つばささん、がトークショーを行われたのだそうです。

卒業生1280人含む、2244人がご出席されたそうです。

華やか、と言っても良いのではないでしょうか?

また、天海祐希さんは、報道関係者の方に、その体調について聞かれると、「大丈夫です」、と答えられたのだそうです。

良かったです。

けれども、その翌年の、2014年4月5日の、宝塚歌劇団の『100周年記念式典』には、出席されなかったそうです。

その式典には、OG約1500人を含む、関係者、音楽学校本科生、総勢2000人が集まったのだそうです。

どうして、天海祐希さんは、宝塚音楽学校の記念式典にはご出席されたのに、こちらの宝塚歌劇団の記念式典にはご欠席されたのでしょうか?

それは、天海祐希さんにとって、宝塚音楽学校、は母校であるので、『100周年記念式典』には出席されたそうですが、歌劇団については、もう過去のことだから、とご欠席を決められたそうです。

その背景に、宝塚退団後の天海祐希さんは、女優転身されてから、しばらくはテレビドラマや映画のヒット作に恵まれず、そのことを言われてしまったことがあったのだそうです。

そもそも、天海祐希さんは、ご自身でも認められているそうですが、歌はあまり得意ではなかったものの、演技とダンスは上手かった、のだそうです。

しかし、いくら宝塚で演技が上手くても、テレビドラマや映画ではまた違ったそうです。

そういったこともあって、天海祐希さんは元宝塚と言われるのを嫌われて、舞台などを極力セーブされていたのだそうです。

そういう理由から、天海祐希さんは、宝塚退団後は、宝塚関係のお仕事には出ないそうです。

また、天海祐希さんは、そうやって「自分が女優として活躍することが、歌劇団の後輩たちのためになる」、と考えられておられたのだそうです。

天海祐希さんは、そのようなことを考えられていたのですね~。

ちなみに、芸能界でのお友達は、マツコ・デラックスさん、だそうです。

とある番組での共演がきっかけだったのだそうです。

意外でしょうか?

ただ、天海祐希さんのファンなら、なんとなく分かるのでしょうかね?

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そんな天海祐希さんの今後の益々のご活躍に期待ですね~。

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